当神社は仲哀天皇の父君、日本武尊を祀り神功皇后の創祀と伝える。
古来里人の崇敬深く昭和天皇御即位御大典の記念として藤樹植え、身を挺して海神に殉じられた愛妃弟橘媛(おとたちばなひめ)を偲び藤花の香りに寄せて、お二人の純愛を永久に語り継ごうと里人 無津呂源内、池園源蔵、筒井兵作の三人は、八方手を盡して相応しい藤樹を探す事三年、やっと樹齢百年に近い大樹を求めて昭和四年奉納、植樹し「弟橘(おとたちばな)の藤」と命名し今に至る。
以後、当社代々の氏子会三役、氏子総代、宮方の計十名は、七月、九月、二月に手入れ奉仕を毎年欠かさず続け、当社の象徴として愛されている。
尚、当神社は火傷、火焼(ほやけ)の神であり南五百米に、あせもに効く「しょうずの湯」と云う冷泉が湧き、それより東三百米に「イボ取り地蔵」がある。
更に南東「不動滝」の落下する水中の岸壁に彫られしは、不動明王の御神体なりと云い、その上の史跡、神籠石水門の守神「金刀比羅神社」(筒城神社、また、七郎権現とも称す)は、白癜の神である。
ゆえにこの地一帯は、花藤の匂うが如き美肌を願う人々が訪れている。
平成六年五月吉日
氏子会長 有冨亨
四月下旬から五月上旬にかけて藤花が満開となります。